カンボジア十三~十四日目 ― プノンペンへ~トゥールスレン、キリングフィールド見学
2週間近く滞在した街、シェムリアップをとうとう離れ、カンボジアの首都プノンペンへやってきた。
プノンペンには、シェムリアップよりも大きなビルがたくさんあったが、道の整備は進んでおらず、ゴミもたくさん落ちていた。
また、プノンペンの人達は目が死んでいるという印象。
仕事も面倒くさそうにしており、笑顔があまり見られなかった。
カンボジア人が作ったと思われる、大型のマーケットがあった。
中に入ってみると…
中は人と物がごっちゃ返しており、カオスという感じであった。
カンボジア人が大型のマーケットを作ると、こんな感じになるのか👀👀
ホテルはキャピタルホテルというところで、シングルで4$。
プノンペンのホテル選びで重要視したのは、価格とセキュリティで、このホテルは安くて鍵もしっかりついていたので選択した。
ただし、扇風機でありシャワーは冷水のみ。
ここらへんは我慢するのみである❗❗
次の日はプノンペンでの目的であった。トゥールスレン収容所とキリングフィールドへ見学に出掛けることに。
キリングフィールドまでは遠いため、バイタクやトゥクトゥクで行くのが望ましいが、10$以上かかってしまう。
比べて自転車であれば2$で行ける。
迷ったが、ネットの情報や行ったことのある人から情報を得て、自転車で行けると判断し、自転車で行くことに。
トゥールスレン収容所は、ポル・ポト政権時代に、罪もなく捉えられた人々が収容され、拷問によりありもしない罪を自白させられた場所である。
入場料は3$で音声ガイドが3$。
日本語の音声ガイドもあり、ガイド付きのほうが分かりやすかったのでおすすめ。
これは収容所の一室。
室内の写真はNGであったが、気づかずに撮影してしまった。
ベッドは鉄でできており、足かせを付けられてずっと横になっていないといけなかったらしい。
少し起き上がるのにも監守に許可を貰うことが必要だったのだと。
ご飯は一日に二度、少量のお粥しか与えられず、毎日拷問が与えられていたのだと。
拷問の器具もあったが、写真は撮れなかった。
でも本当に悲惨だった。
一つ例をあげると、
両手を背中の上の方で縛って吊し上げ、暴行を加えた後、気絶すると糞尿の入ったドカンに顔を突っ込まされ目を覚ます。
目を覚ますとまた吊し上げ暴行を加える。
この繰り返し。
この収容所ではルールがあった様で、嘘をついてはダメなことはもちろん、拷問中に声をあげてはダメというもの。
もし声をあげたら、鞭で10回殴られるなどのペナルティも課せられていたと。
これは建物の全体像。
脱走を防ぐために、全体に有刺鉄線が張り巡らされていた。
実際に見てみると、言葉にならないくらい生々しく、終始鳥肌がたっていた。
これは人間がしたこととは思えない。
というのも、これらはポル・ポトの命令のもと、教育を受けていない田舎の農民が行ったことらしい。
ポル・ポトは農民の地位を最も高いものとしており、言葉を喋ることもできず、善悪の区別もつかないような農民の心を操り、このような残虐な行為を行わせたらしい。
拷問中に亡くなる人もいたが、拷問に耐え兼ねて自白した人が輸送されるのがキリングフィールド。
自白=死は確定なので、キリングフィールドはそういった人々を処刑する場所なのである。
キリングフィールドも見学ができるので、自転車で向かった。
途中、立ち寄ったお店。
客はカンボジア人のみで、ローカル色が強い。
フランスパンの間に魚が入っており、とても美味しかった。
カンボジアはフランスの植民地になっていたので、フランスパンがとても美味しいのです。
これで1$。安い❗❗
このような道を逆走しながら、約1時間かけてキリングフィールドへ到着。
ここでは音声ガイドを聞きながら各所を回った。
入場料は音声ガイド含めて6$である。
キリングフィールドは機密の施設だったらしく、目隠しをされてトラックで連れてこられる。
騒動がおきないため、場所を移動する等の嘘の理由を知らせるため、収容者の中には希望を信じる人もいたのだとか。
そして小汚ない小屋に留置されたあと、その日の内に処刑される人が多いが、中には食料も与えられずに一日間小屋に滞在した人もいたんだと。
ここでは、逃亡者がいないか確認するために人の管理はしっかりされており、中には処刑される前に書類を書かせ、その書類にサインをさせた人もいるらしい。
信じられない❗❗
ここは450人の遺体が発見された場所らしい。
ここは国家機密の場所であったため、ポル・ポト政権が撤退した後にこの場所は発見された。
発見者曰く、死体の腐敗でものすごい異臭を放っており、地面は膨大して盛り上がっており、地球が病気にかかったような印象を受けたそう。
当時の衣服。
手を縛ったであろう紐が入っており、生々しかった。
これはキリングツリー。
ここは女性や子供が殺害された、一番残忍な場所らしい。
方法は子供の足を二人の監守が片方ずつ持ち、子供を持ち上げた後、思いっきり振りかぶって子供の頭をこの木へ何度も叩き付ける。
母親の前で。
想像するだけでも鳥肌がたってくる。
この木はマジックツリー。
叫び声を消したり、ここは安全な場所だと思わせるために、音楽を流していたらしい。
実際に音楽を聞いたが、祭りでも始まるかのような音楽で、このような施設で聞くような音楽とは思えなかった。
最後に慰霊碑。
亡くなった人の頭蓋骨がたくさんあった。
中には頭蓋骨に大きな穴が空いているものも。
拳銃は銃弾が高価なため使えず、
このような鍬や斧などで殴り、殺害していたらしい。
頭蓋骨の穴は殴られたものなのだ。
本当に酷いことである。
キリングフィールドはカンボジア全土に300ヶ所以上あり、ここはごく一部のみ。
感想は正直思い付かなかった。
この事実を受け止めることだけで精一杯である。
ただ一つ、この悲惨な出来事を多くの人々が知り、悲しみを共有することで、二度と同じことを繰り返さないようにする、ということが重要だと思った。
自分が出来ることは伝えることしか出来ないが、国は違えど、出来るだけ多くの人にこの事実を伝えたい。
カンボジアに来た際は、アンコールワットだけでなく、トゥールスレン収容所とキリングフィールドにも是非足を運んでみてください。